ガラガラと、耳障りだがさほど大きくもない。むしろ控えめな音。でも目が覚めた。
転寝ていた。
あげた視線の先で、皺枯れた顔に驚きがのぼっている。
「おや?」
小さく呟き、そうして優しく笑った。
「これはこれは」
会釈をしながら入ってくる木崎の物腰は、品に満ちている。
「美鶴さんではありませんか」
お久しぶりですね と声をかける木崎に、ぼんやりとする頭をふった。
「どうなさったのですか?」
言いながら、美鶴の出手たちに小首を傾げる。
汗に汚れたTシャツ。ヨレたジャージ。所持品なし。いや、定期とそして、紺色のハンカチ。
どう答えればよいのかわからず返事に窮する姿。木崎はしばし思案し、だがやがて、申し訳なさそうに口を開いた。
「もう五時を過ぎますので、閉めませんと」
「そ… そうですね」
施錠を止める権利は、美鶴にはない。
もう母は出かけているだろうか? 一晩帰らなかったからといって心配もしていないだろうが、さすがに今晩は帰った方がいい。
諦めと共に立ち上がり、軽く頭を抑えながら駅舎を出た。その後に木崎が続き、細い指で施錠する。
夕日が項に熱い。
……………
「木崎さん、私が夏休みの間って、毎日開けに来たり閉めに来たりしてるんですか?」
「えぇ ほとんどは」
ほとんどは―――
では、今朝の女性は誰だったのだろう?
だが、聞いたところで美鶴には関係のないことだ。そもそもこの駅舎は霞流家の所有であって、美鶴のモノではない。
余計な詮索は失礼かもしれない。
結局言い出せないまま、その場を離れようとした時だった。
「よろしければ」
控え目な声かけに、振り返る。
「よろしければ、いらっしゃいませんか?」
「え?」
「久しぶりにお食事でも、いかがです?」
「えっ……… と」
戸惑う美鶴に、木崎は笑う。
「お母様はお仕事でしょう? 家に帰られてもお一人なのでは? たまにはいかがです? 知らない間柄でもないのですし」
「えっと、でも迷惑じゃあ」
木崎はなお笑う。
「迷惑などではありませんよ。むしろ、たまの来客は楽しいものです」
そう言えば、霞流家に身を寄せていた頃、客が訪れるということはほとんどなかった。
平日の昼間は学校へ行っていたので、まったくなかったかどうかはわからない。だが、実に静かな家だったように思う。
実に静かで閉鎖的な――――
「生憎と慎二様はおりませんが」
「え? いないんですか?」
えぇ と答える木崎の視線に、少し憂いのようなものが浮かんだのは気のせいだろうか?
だが木崎はその顔をハッとあげ、この暑さでも長袖の上着のポケットに手を突っ込み、携帯を取り出した。そうして、慣れた動作で電話する。
「あぁ 私だがね」
自宅にかけているのだろうか?
「慎二様はいらっしゃるかな? できれば変わってもらいたいのだが………」
?
いないのではなかったのか?
疑問に思いながら見つめる先で、木崎が少しだけ眉間に皺を寄せる。
「そうか、ならば伝えるだけでいい。大迫様を――― 美鶴様をこれからお連れするとね」
そう言って、しばらく沈黙ののちに再び口を開き、夕食の用意をするよう指示してから電話を切った。
切ってポケットにしまってから、曖昧な視線を美鶴へ向ける。
「ひょっとしたら、慎二様はおられるかもしれません」
「え?」
「出かける予定があったようですが……… ね」
そう言って、なぜか悪戯っぽく笑って美鶴を促した。
「さあ 参りましょう。美鶴さんがいらっしゃると聞いて、幸田も喜んでおりました」
幸田?
あぁ あのひどく丁寧に世話をしてくれた女性か。
なぜ彼女が喜ぶのか理解できぬまま、結局は久しぶりに、霞流家へと足を向けることになった。
|